大神比義命

更新日:2022年04月15日

八幡縁起絵巻

八幡大神と大神比義命(八幡縁起絵巻)

江戸末期(1812)

大神比義命(おおがのひぎのみこと)は八幡大神を初めて見たとされる人物で、奈良の三輪明神を祀る大神神社の社家の生まれと言われている。欽明天皇29年(568年)に勅命を受け、宇佐に派遣された。宇佐の地に着いた大神比義命は、五穀を断ち3年籠居精進し、御幣を捧げてと祈った。すると、八幡大神が笹の葉にのった3歳の童子として菱形池のほとりにあられ、自分は応神天皇であること、そして日本を守護することを告げた。その後、元明天皇元年(708年)に童子は黄金の鷹になり、宇佐を流れる駅館川の東岸の松の上にとどまった。

しかし、この地は道に接しており人通りが多く騒がしかったため、荒ぶる神であった八幡大神は、これに激怒した。それを知った大神比義命は、辛島勝乙目とともに千日の間、祈願した。その甲斐あって、八幡大神の心も和らいだので、712年に鷹のとどまった鷹居山に鷹居社を造り八幡大神をお祀りした。

駅館側

駅館川

しかし、「この場所は騒がしいので小山田の林に移りたい」との八幡大神のお告げにより716年に小山田社に移祀された。しかし、「小山田社は狭いので小椋山に移りたい」とのお告げにより、725年に現在地である小倉山に一之御殿を建立し八幡大神が鎮座したとされる。

鷹居神社

鷹居神社

小山田神社

小山田神社

大神比義命は、大神氏の宗家である小山田家の敷地内に奉祀された。その祠は、代々守り継がれ、現在は小山田家跡地に整備された小山田記念公園内に復元されている。また大神比義命の御霊は、明治時代に宇佐神宮下宮の一之御殿に八幡大神と共に祀られている。

大神比義命の祠

大神比義命の祠

下宮「一之御殿」

下宮「一之御殿」

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