大神比義命【おおがのひぎのみこと】

更新日:2021年03月24日

八幡縁起絵巻

八幡縁起絵巻に描かれた八幡大神の示現と大神比義命

大神比義命は八幡大神を初めて顕現(注1した人物で、奈良の三輪明神を祀る大神神社の社家の生まれとされる。欽明天皇29年(568年)に勅命を受け、宇佐に派遣された。五穀を断ち3年、籠居(注2精進し、御幣を捧げて「若し汝神ならば、我が前に顕れるべし」と祈った。すると、八幡大神が笹の葉にのった3歳の童子として顕れ「われは誉田天皇広幡八幡麻呂なり」と告げた。

その後、元明天皇元年(708年)に童子は黄金の鷹になり、宇佐を流れる駅館川の東岸の松の上にとどまった。しかし、この地は道に接しており人通りが多く騒がしかった。荒ぶる神であった八幡大神は、これに激怒し、通行人を殺してしまった。それを知った大神比義命は、辛島勝乙目とともに千日の間、祈願した。その甲斐あって、八幡大神の心も和らいだので、元明天皇5年(712年)に、鷹のとどまった鷹居山に鷹居社を造り八幡大神をお祀りした。

しかし、「この場所は騒がしいので小山田の林に移りたい」との八幡大神の託宣(注3により元正天皇2年(716年)に小山田社に移祀された。しかし、「小山田社は狭いので小椋山に移りたい」として、聖武天皇2年(725年)に現在地である小倉山に一之御殿を建立し八幡大神が鎮座したとされる。

鷹居神社

鷹居公園内にある鷹居神社

小山田神社

小山田神社

 

(注1 顕現【けんげん】はっきりと姿が現れること。また、物事をはっきりとあらわすこと。

(注2 籠居【ろうきょ】閉じこもって外に出ないこと

(注3 託宣【たくせん】神が人にのり移ったり夢に現れたりして意思を告げること。そのお告げ。神託。

大神比義命の祠1
大神比義命の祠2

上の画像は、大神氏の宗家である小山田家の敷地内に奉祀され、代々守り継がれてきた大神比義命の祠。現在は、小山田家跡地である小山田記念公園内に復元されている。また大神比義命の御霊は、明治時代に宇佐神宮下宮の一之御殿に八幡大神と共に祀られている。

 

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