市長コラム「双葉山六十九連勝 その2」(令和4年7月号)
双葉山六十九連勝 その2
昭和12年5月場所も13戦全勝で優勝した双葉山。場所後、第35代横綱に推挙されます。その直後、父・義広が亡くなりますが、悲しみを乗り越え、昭和13年1月場所、5月場所ともに13戦全勝で優勝、連勝を66に伸ばします。双葉山の連戦連勝を中国大陸で勝ち進む日本軍と重ね合わせて人々は熱狂しました。
絶頂期にある双葉山でしたが、この年の北支(ほくし)巡業でアメーバ赤痢に罹患(りかん)、稽古もままならず約130キログラムの体重は100キログラム程度まで落ち込みます。そのような中、11月には宇佐神宮で奉納土俵入りを務め、故郷に錦を飾っています。
明けて昭和14年1月場所。体調不十分ながらも連勝記録を69まで伸ばした4日目、70連勝を疑うものは誰もいません。ところが、前頭3枚目の安芸ノ海(あきのうみ)の左外掛けに双葉山が左腰から崩れ、何と浴びせ倒されてしまったのです。会場は騒然、座布団が飛び交い、たばこ盆まで飛んできたとのことです。
ラジオ実況もしばし絶句。NHK和田信賢(のぶかた)アナは先輩アナに「双葉山負けましたね」と二度確認すると「時、昭和14年1月15日、旭日昇天まさに69連勝、70連勝を目指して躍進する双葉山、出羽一門・新鋭安芸ノ海に屈す、双葉70連勝ならず」と報じたのでした。次回に続く。
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更新日:2022年06月23日