市長コラム「広がる八幡神その3~鶴岡八幡宮~」(令和4年1月号)
広がる八幡神 その3~鶴岡(つるおか)八幡宮~
鶴岡八幡宮(神奈川県)
平安時代の終盤に入ると武士が力をつけてきます。前九年の役で奥州を平定した源頼義は石清水(いわしみず)八幡宮の御分霊を鎌倉の由比ヶ浜辺に勧請(かんじょう)、鶴岡八幡宮の起こりとなります。その子源義家は石清水八幡宮で元服、八幡太郎義家と名乗ったことは有名です。
この家系から出た頼朝は、1180年、鶴岡八幡宮を現在地へ遷座します。司馬遼太郎氏は「街道をゆく」の中で《京都に対し、政権を示威する意味もあったのではないか》としています。なお、石清水八幡宮は、宇佐神宮の御分霊を勧請したものであるため、鶴岡八幡宮も宇佐神宮から御分霊を勧請したのと同じです。
鶴岡八幡宮は鎌倉幕府の総鎮守、武門の守護神として篤(あつ)い尊崇を受けます。関東の御家人たちは自国に勧請、戦場では「南無八幡大菩薩」と念じ勝利を祈りました。平家滅亡後、源氏方の武士たちが守護·地頭として地方に進出すると、八幡神を氏神として祀るようになり全国に広がりました。
因みに全国の神社の数は約8万社、その内約4万社が八幡社と最も多くなっています。奇しくも今年のNHK大河ドラマは「鎌倉殿の13人」。鶴岡八幡宮も登場します。市としては宇佐八幡宮(明治以降、宇佐神宮)が総本宮であることをしっかりPRしたいと思います。
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更新日:2021年12月23日