市長コラム「宇佐海軍航空隊開隊 その3」(令和元年12月号)

更新日:2023年04月06日

宇佐海軍航空隊開隊 その3

真珠湾攻撃

《臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。(中略)帝国陸海軍は本8日未明、西太平洋において、米英軍と戦闘状態に入れり》昭和16年12月8日、朝7時のラジオニュースです。

その日、航空母艦6隻から発進したゼロ戦、九七艦攻、九九艦爆計350機の航空機が、ハワイオアフ島真珠湾を基地とする米国太平洋艦隊を奇襲しました。宇佐空出身の高橋赫一(かくいち)少佐の第一弾で始まった攻撃は、戦艦アリゾナ撃沈などの戦果を挙げますが、これは宣戦布告前の攻撃でした。これまで第2次世界大戦に距離を置いていた米国世論も「リメンバー・パールハーバー」を合言葉に一気に参戦へと舵(かじ)を切ります。

開戦当初、戦局の主導権を握ったのは日本軍でしたが、翌年5月、ポートモレスビー(現パプアニューギニア首都)攻略を巡り珊瑚海(さんごかい)海戦が起こります。初の空母対空母の対決となり、敵空母を攻撃した高橋少佐は帰路撃墜され戦死。その1カ月後のミッドウェー海戦で日本海軍は大敗を喫し、宇佐空で鍛えられた搭乗員も帰らぬ人となりました。

戦局は傾きはじめ、宇佐空も特攻隊の基地へと歴史を刻むようになります。その後の宇佐空については、改めて稿を起こしたいと思います。

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