市長コラム「福澤諭吉エピソード その1」(令和6年4月号)

更新日:2024年03月22日

福澤諭吉エピソード その1

慶應義塾発祥の地

慶應義塾発祥の地記念碑(東京都)

令和6年7月、一万円札の顔が40年ぶりに福澤諭吉翁(以下「諭吉」という。)から、渋澤栄一翁に変わります。これまでの諭吉の貢献に心より敬意と感謝の意を表したいと思います。本稿では諭吉の生涯をたどりながら、私なりのエピソードを紹介します。

諭吉は天保5(1835)年、大坂の中津藩蔵屋敷で生まれました。勘定方の下級武士だった父・百助(ひゃくすけ)が上諭條例(じょうゆじょうれい)(清朝乾隆帝(けんりゅうてい)時代の法令を編年体に記録したもの)を入手した日だったことから「諭吉」と命名したとのことです。しかし、1歳6カ月の時、父と死別、母子6人で中津に帰郷します。

14歳ごろから勉学に目覚めた諭吉は19歳の時、蘭学を志し長崎に遊学。翌年、大坂の緒方洪庵(おがたこうあん)の適塾(てきじゅく)で学ぶと頭角を現し塾長を務めます。安政5(1858)年、23歳の時、藩命で江戸に出府、藩主奥平家の中屋敷に蘭学塾を開きました。これが現在の慶應義塾のはじまりで創立の年となっています。

平成20年、天皇皇后(現在の上皇上皇后)両陛下ご臨席のもと、慶應義塾創立150年記念式典が日吉キャンパスで開催されました。当時、財団法人福澤旧邸保存会理事長を務めていた私も参加。《諭吉が教えた「独立自尊」の精神が日本の文化向上に寄与した》という天皇陛下のお言葉に深い感銘を受けたことを思い出します。続く。

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